静岡新聞に掲載された、北遠の補助金廃止について
様々な論議がされているようですね
> 削減・廃止の根拠となるのが、今はやりの“費用対効果”というものです
その事業の投資に対して、どれだけの経済効果が生まれるのか?
しかし、私達庶民にはその算定基準がよく理解できません
自分達の生活の中で、実感できる部分が少ないのです
浜松立体博は20億の投資に対し、80万人が入場し120億の経済効果があつた
確かに一部市民には利益があったのでしょうが、他の市民には何があったのか?
そのお金があったら、山間地の遅れたインフラ整備や生活基盤を支える林業振興に
また、高齢福祉対策や放置される災害復旧にまわしてほしかった・・・
立場が変われば、意見も見方も違ってきます

北遠住民が反発するひとつに、その費用対効果が数の論理にすり替わっていること
何にしても、数の論理で算出したら山間地が低い数値となるのは当然のことです
更にひとつ問題なのは、地域・イベントごとに全体予算の算出方法が違うことです
時々、一般住民は優秀なお役所(?)の数字のからくりに騙されることがあります
> 水窪まつりを例にとって見ましょう
水窪まつりには、確かに400万円ほどの助成金の支出があります
会計上はこれでまつりの全てが賄われており、自主の姿勢が無いとされていますが
現実には、4地区における各家庭の寄付金、約1,000万円が実質の祭典費です
町外からの寄付金を入れたら、全体の中で補助金比率は1/3以下なのです
補助金の使途は、祭典実行本部の運営費のみに限られており
市からの助成だけで、全体の水窪まつりはおこなわれていません
地域住民も相応の負担をして、伝統の行事の存続を続けているのです
浜松祭りも、確か合併当時は、自治連合会に500万、観光協会に1500万
合計で2000万ほどが支出されていたと思います
今は、各自治会への委託金という形になっており比較が難しいのでしょうが、、、
旧浜松市の人口当たりの負担額は、山村地域に比べてきわめて低いと言います
しかし、水窪まつりは地区全世帯が参加しますが、浜松まつりはどうでしょうか?
地域住民に祭りの必要性のアンケートをとったら、多分逆の割合になるはずです
・・・いわゆる費用対効果、経済効果算出の定義は実に曖昧なのです
> 水窪まつりには、盆・正月は帰らずとも、多くの若者が愛着を持ち帰省します
今、彼らがこの街の将来を憂い、山村を守ることの価値を見出しています
地域のまつりも、お金に変えられない山村文化や歴史の継承などの価値があります
先日、雑穀の研究論文で文部科学大臣賞をとった石本君(記事)などは好例です
ひとの心情を思いやり、地域に対する優しさを数値化する事はできませんが
必ず将来の健全な地域社会の形成には役に立つ、、、
> 山の民の日常生活や環境を守る事は、都会を守ることなのです
また山村は、自然を守ることで都会の治山治水事業や環境に多大な貢献してきました
そこに暮らしてきた住民のわずかな生きがいや希望を
目の前のお金という数字だけで、短絡的に全て無駄と判断していいものなのか?
けっして、この地域における従来の補助金のすべてを肯定するわけではないのです
明らかに無駄なものは、無駄でけっこう、、、それは新旧の浜松市全体の問題ですから
ただ、未だ旧浜松市には、隠された巨額の無駄や会計のごまかしがあるのでは?
そこにメスを入れずして、行革の矛先を削減・廃止しやすいところからはどうなのか
今後は、北遠地域を始め、旧合併町村の人達が十分納得できるように
時間をかけ丁寧かつ公正に、多面的に事業の検証をすべきだという気がしています
切実な問題ですね。
水窪さんの心中をお察しします。
政治改革の行方を、
今後も注視していたいと思っています。
国や県、市の行政の施策にもとくとね。
水窪さんおはようございます
補助金問題は深刻かもしれませんが、その予算を食い物にする人達(機関)も居るのです、やれ会合(ただの飲食)だ現地視察(たんなる観光)だ等です。
今、予算仕分けで行政事業のずさんな会計が浮き彫りにされています
それで廃止や減額&見直しでもめていますが論点がずれている部分も見受けれます。
行政予算も補助金もどれも大事な物だと思います、問題はその予算を食い物に搾取する機関や業務内容に見合わない高額なサラリーを払っていることです。
民主政権になって初めてこの領域にメスが入りました、色々問題はあると思いますが良いことだと思います。
hagiさん おはようございます
この問題は、けっこうシビアなないようでして
こんな風にブログで、何気なく取り上げても各方面で物議をかもし出します
個人の考えと前置きしても、あたかも地域の主張であるかのように捉えられます
私達は、ここ北遠にすんでいるのですから
もちろん、自分の地域の利益を思い声をあげるのですが・・・
広く遠い浜松、、、山村の思いはなかなか届きませんね
浜松人さん おはようございます
浜松人さんの言われる事はよく理解できます
地方も国も、今回のことで見えなかった予算が皆の前にさらされました
昨日もこの話題で、知人の市議と話していたのですが
この際、一部に流れていた無駄な既得権益を一掃すること
田舎でも、従前のような補助金の「呑め食えや」の使途目的を排除すること
これは、必要なことだと思っております
その点では、おおい評価しますし
今度、行革審メンバーになったし知り合いにも期待の言葉をかけています
ただ今回は明らかに、その評価基準が曖昧すぎました
評価報告の内容(市の広報より)も、イベントの必要性はみとめながら
今後は別の負担金として市は支援するべきとありますが
その具体的な積算根拠や金額割合は提示されていません
この財政緊縮期に、どこから捻出するのか?
また、これまでの補助金にかわり委託費という名目で出されているお金は
今回の仕分けの対象になっていません、、、などなどきりがないのですが
これは、今後に期待したいと思います
こんなこともあり、一般住民はよく理解できていませんので
どうしても今回のような結果だけが報道されると
「北遠いじめ」の印象を強く持つのかもしれません
今回は、すこしわがままな理屈として、書かせてもらいましたが
多分、北遠住民の大半は現在こういう心境かと思います
この評価が来年度予算にどう反映されるのか、注意深く見て行きたいですね
また、ご意見をいただけるとありがたいと思っています!
こんにちは。
この新聞の記事を、溜め息をつきながら見ていました。
がっかりしただけでなく、憤りを覚えながら読んでいましたよ。
評価をする側に人格が備わっていない事を、「しょうがない」では
片付ける事ができない時代になっている事にさえ、未だに気づきもしない
愚か者の多い事。
毎度の 物事の本質が見えない、見ようとしない、いつもの中味のない論議に
終始しての結果という事でしょうか?
情けなく残念な話ですが、今後も山村の現状、そして行く末に対し、
めげずに訴え続けていただけますようお願いいたします。
ラッパ吹き さん こんばんわ
このブログを見た一部行政や街中の人達からは
「何か勘違いをしている、北遠だけをいじめているわけでは無い」、と言います
客観的な事業評価をした結果であるとの主張は、確かにその通りでしょう
先のコメントにも書きましたが、私もこの評価作業は価値あるものと思います
旧町村にあった無駄や古い補助金を食い物にする体質から脱却する良い機会です
ただ問題は、多くの北遠住民がこの結果に不公平感を持ったことなのです
政(まつりごと)は、数字を並べた理屈でおさまるものではありません
仮にいくら正論を振りかざしても、住民が納得しなければ何の価値もないのです
「わからん人間は、ほっとけばいい」の理屈で、政治は出来ません
わからんのなら、わかるように説明し理解してもらうことが大事です
少数意見や反論を、力ずくで抑えるのではなく
行政自体が、どうしたら市全体の公平性を保つ事が出来るのか模索すべきです
自ら(市のトップ以下)がやってみせ、言って聞かせて、させてみて
褒めてやらなければ、けっして大衆は動きません
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